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東京高等裁判所 平成7年(行ケ)171号 判決 1996年12月24日

東京都国立市谷保6442番地

原告

東京電子交易株式会社

代表者代表取締役

磯福佐東至

訴訟代理人弁理士

堀田信太郎

渡邉勇

大畑進

和歌山市大垣内689番地の3

被告

阪和電子工業株式会社

代表者代表取締役

小久保彰子

訴訟代理人弁護士

赤尾直人

主文

1  特許庁が平成6年審判第40003号事件について平成7年6月9日にした審決を取り消す。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

事実

第1  当事者が求める裁判

1  原告

主文と同旨の判決

2  被告

「原告の請求を棄却する。訴訟費用は原告の負担とする。」との判決

第2  請求の原因

1  特許庁における手続の経緯

原告(審判被請求人)は、名称を「半導体デバイスの静電破壊試験装置」とする登録第3003557号実用新案(以下、「本件考案」という。)の実用新案権者である。

なお、本件考案は、平成4年2月24日にした特許出願(平成4年特許願第72826号。以下、「原出願」という。)を、平成6年1月11日に特許法44条1項の規定による新たな特許出願(平成6年特許願第12278号。以下、「分割出願」という。)とし、同日、これを実用新案法10条1項の規定による実用新案登録出願(平成6年実用新案登録願第387号。以下「本件出願」という。)に変更し、同年8月17日に実用新案設定登録がなされたものである。

被告(審判請求人)は、平成6年12月12日、本件考案の実用新案登録を無効とすることについて審判を請求し、平成6年審判第40003号事件として審理された結果、平成7年6月9日、「登録第3003557号実用新案の明細書の請求項第1項ないし第3項に記載された考案についての登録を無効とする。」との審決がなされ、その謄本は同月21日原告に送達された。

2  本件考案の実用新案登録請求の範囲

請求項1

試料のピンに接触するコンタクトピンと、コンタクトピンに接続された水銀スイッチと、該スイッチに接続され試料に充電された電荷を吸収する疑似大地金属体と、該スイッチの開閉を駆動するコイルとを搭載したプローブ部と、

試料のピン位置とプローブ部とを位置合わせして試料のピンに対してプローブ部を接触させる手段と、試料のピンに高電圧電源より試料を充電する手段と、試料のピンに充電した電荷をプローブ部内の水銀スイッチを閉じることにより放電させる手段とを具備し、該プローブ部内の水銀スイッチの開閉を駆動するコイルは水銀スイッチから隔離して位置することを特徴とする半導体デバイスの静電破壊試験装置。

請求項2

試料のピンに接触するコンタクトピンと、コンタクトピンに接続された水銀スイッチと、該スイッチに接続され試料に充電された電荷を吸収する疑似大地金属体と、該スイッチの開閉を駆動するコイルとを搭載したプローブ部と、

試料のピン位置とプローブ部とを位置合わせして試料のピンに対してプローブ部を接触させる手段と、試料のピンに高電圧電源より試料を充電する手段と、試料のピンに充電した電荷をプローブ部内の水銀スイッチを閉じることにより疑似大地金属体に放電させる手段とを具備し、前記試料のピン位置をコンピュータに登録し、該コンピュータのプログラムにより位置合わせを行い、試料のピンとプローブ部のコンタクトピンとを接触させることを特徴とする半導体デバイスの静電破壊試験装置。

請求項3

試料のピンに接触するコンタクトピンと、コンタクトピンに接続されたスイッチと、該スイッチに接続され試料に充電された電荷を吸収する疑似大地金属体と、該スイッチの開閉を駆動するコイルとを搭載したプローブ部と、

試料のピン位置とプローブ部とを位置合わせして試料のピンに対してプローブ部を接触させる手段と、試料のピンに高電圧電源より試料を充電する手段と、試料に充電した電荷をプローブ部内のスイッチを閉じることにより放電させる手段とを具備したことを特徴とする半導体デバイスの静電破壊試験装置。

3  審決の理由の要点

別紙審決写し記載のとおり(ただし、2頁6行の「8月17日」は「1月11日」の誤記)

4  審決の取消事由

審決は、本件考案の請求項3が分割出願の要件を満たしていないと判断し、本件出願は不適法な分割出願をもとにした変更出願であるから出願日の遡及は認められず、分割出願の日である平成6年1月11日が本件出願日となるところ、本件考案の請求項1及び2に記載された構成要素はすべて原出願の公開公報である平成5年特許出願公開第180899号公報に記載されているし、請求項3に記載された考案も同公報に記載された考案と認められるので、実用新案法3条1項1号の規定に該当し、実用新案登録を受けることができないと判断している。

しかしながら、原告は、平成8年6月25日、実用新案法14条の2第1項の規定に基づく実用新案登録訂正書を特許庁に提出し、本件考案の請求項3を削除する訂正をした。したがって、本件考案の請求項3は、最初から存在しなかったものとみなされる。

そうすると、審決は存在しない請求項が分割出願の要件を満たさないと判断したことになり、明らかに誤っているから、審決は取り消されなければならない。

第3  請求原因の認否及び被告の主張

1  請求原因1(特許庁における手続の経緯)、2(本件考案の実用新案登録請求の範囲)及び3(審決の理由の要点)は認めるが、4(審決の取消事由)は争う。

2  原告は、本件考案の請求項3を削除する訂正をしたことを論拠として、審決は存在しない請求項について分割出願の要件を満たさないと判断したことになるから取り消されなければならないと主張する。

しかしながら、分割出願が不適法であるとの審決の判断は、原出願においては「スイッチはスイッチの開閉を制御する手段から隔離して位置していること」を必須要件としていたにもかかわらず、本件考案の請求項の中には同必須要件を削除したものがあることを論拠とするものである。そして、審決は、同必須要件を削除した請求項として請求項3を例示しているが、同必須要件を削除している点においては、請求項2も何ら変わりがない。したがって、分割出願が不適法であると判断した審決の論拠は、単に請求項3のみならず、請求項2にも妥当するものである。

そうすると、本件考案の請求項2を削除する訂正が行われていない以上、分割出願が不適法であるとの審決の判断が左右されることはないから、審決を取り消すべきではない。

第4  証拠関係

証拠関係は、本件訴訟記録中の書証目録記載のとおりであるから、これをここに引用する。

理由

第1  請求原因1(特許庁における手続の経緯)、2(本件考案の実用新案登録請求の範囲)及び3(審決の理由の要点)は、当事者間に争いがない。

第2  そこで、原告主張の審決取消事由の当否を検討する。

審決は、本件考案の請求項3が分割出願の要件を満たしていないと判断し、本件出願は不適法な分割出願をもとにした変更出願であるから出願日の遡及は認められず、分割出願の日である平成6年1月11日が本件出願日となるところ、本件考案の請求項1及び2に記載された構成要素はすべて原出願の公開公報に記載されているし、請求項3に記載された考案も同公報に記載された考案と認められるので、実用新案法3条1項1号の規定に該当し、実用新案登録を受けることができないと判断している。

しかしながら、成立に争いのない甲第6号証(実用新案登録訂正書)及び第9号証(登録原簿)によれば、原告は、平成8年6月25日付けの実用新案登録訂正書をもって、本件考案の請求項3を削除する訂正をしたことが認められる。したがって、本件実用新案登録出願及び実用新案権の設定の登録は、実用新案法14条の2第3項の規定により、上記訂正後における明細書及び図面によりなされたものとみなされることが明らかである。

そうすると、審決は存在しない請求項が分割出願の要件を満たさないと判断したことになり、この判断が、本件考案の請求項1~3に記載された考案についての登録は無効とすべきものとした審決の結論に影響を及ぼすことは明らかである。

この点について、被告は、分割出願が不適法であると判断した審決の論拠は本件考案の請求項2にも妥当するから、請求項2を削除する訂正が行われていない以上、分割出願が不適法であるとの審決の判断は左右されないと主張する。

しかしながら、審決は、本件考案の請求項2が分割出願の要件を満たしているか否かについては何ら判断していないのであって、その点は本訴において判断の対象とはなり得ない事項であるから、被告の上記主張は失当である。

第3  よって、審決の取消しを求める原告の本訴請求は理由があるから、これを認容することとし、訴訟費用の負担について行政事件訴訟法7条、民事訴訟法89条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 竹田稔 裁判官 春日民雄 裁判官 持本健司)

平成6年審判第40003号

審決

和歌山県和歌山市大垣内689番地3号

請求人 阪和電子工業 株式会社

東京都文京区湯島4丁目8番1-402号

代理人弁理士 赤尾直人

東京都国立市谷保6442番地

被請求人 東京電子交易 株式会社

東京都中野区中央5丁目39番11号 青柳ビル501 渡辺・堀田特許事務所

代理人弁理士 堀田信太郎

東京都中野区中央5丁目39番11号 青柳ビル501 渡辺・堀田特許事務所

代理人弁理士 渡邊勇

東京都港区高輪2丁目3番11号 大畑特許事務所

代理人弁理士 大畑進

上記当事者間の登録第3003557号実用新案「半導体デバイスの静電破壊試験装置」の登録無効審判事件について、次のとおり審決する。

結論

登録第3003557号実用新案の明細書の請求項第1項ないし第3項に記載された考案についての登録を無効とする。

審判費用は、被請求人の負担とする。

理由

Ⅰ.本件登録第3003557号実用新案の考案(以下、「本件考案」という。)は、平成4年2月24日にしたもとの特許出願(特願平4-72826号、以下、「原出願」という。)に基づいて平成6年8月17日特許法第44条第1項の規定による新たな特許出願(特願平6-12278号、以下「分割出願」という。)をすると同時に実用新案法第8条第1項の規定による実用新案登録出願(実願平6-387号、以下、「本件出願」という。)をしたもので、平成6年8月17日に実用新案権として設定登録がなされたものであり、その要旨は、明細書及び図面の記載からみて、実用新案登録請求の範囲の各請求項(以下、「本件考案の請求項」という。)に記載された次のとおりのものと認める。

「【請求項1】試料のピンに接触するコンタクトピンと、コンタクトピンに接続された水銀スイッチと、該スイッチに接続され試料に充電された電荷を吸収する疑似大地金属体と、該スイッチの開閉を駆動するコイルとを搭載したプローブ部と、

試料のピン位置とプローブ部とを位置合わせして試料のピンに対してプローブ部を接触させる手段と、試料のピンに高電圧電源より試料を充電する手段と、試料のピンに充電した電荷をプローブ部内の水銀スイッチを閉じることにより放電させる手段とを具備し、該プローブ部内の水銀スイッチの開閉を駆動するコイルは水銀スイッチから離隔して位置することを特徴とする半導体デバイスの静電破壊試験装置。

【請求項2】試料のピンに接触するコンタクトピンと、コンタクトピンに接続された水銀スイッチと、該スイッチに接続され試料に充電された電荷を吸収する疑似大地金属体と、該スイッチの開閉を駆動するコイルとを搭載したプローブ部と、

試料のピン位置とプローブ部とを位置合わせして試料のピンに対してプローブ部を接触させる手段と、試料のピンに高電圧電源より試料を充電する手段と、試料のピンに充電した電荷をプローブ部内の水銀スイッチを閉じることにより擬似大地金属体に放電させる手段とを具備し、前記試料のピン位置をコンピュータに登録し、該コンピュータのプログラムにより位置合わせを行い、試料のピジとプローブ部のコンタクトピンとを接触させることを特徴とする半導体デバイスの静電破壊試験装置。

【請求項3】試料のピンに接触するコンタクトピンと、コンタクトピンに接続されたスイッチと、該スイッチに接続され試料に充電された電荷を吸収する疑似大地金属体と、該スイッチの開閉を駆動するコイルとを搭載したプローブ部と、

試料のピン位置とプローブ部とを位置合わせして試料のピンに対してプローブ部を接触させる手段と、試料のピンに高電圧電源より試料を充電する手段と、試料に充電した電荷をプローブ部内のスイッチを閉じることにより放電させる手段とを具備したことを特徴とする半導体デバイスの静電破壊試験装置。」

Ⅱ.これに対し、請求人は『本件考案は、そのもととなる分割出願が特許法第44条第1項で規定する要件を満たしていないので、原出願の出願日への出願日の遡及が認められない。したがって、本件考案の請求項1~3に記載された考案は、原出願の公開公報である甲第2号証「特開平5-180899号公報」に記載された考案と同一であるか、又はそれからきわめて容易に考案をすることができたものであり、実用新案法第3条第1項第3号、又は第3条第2項の規定により実用新案登録を受けることができなく、同法第37条第1項の規定により無効にすべきである』と主張している。

Ⅲ.そこで、この請求人の主張にそって、先ず本件出願のもととなる分割出願が適法になされたか否かを検討する。

請求人が本件出願が分割の要件を満たしていないとする理由は『もとの特許出願にあたる原出願の明細書の特許請求の範囲において唯一独立形式で記載された請求項である【請求項1】に記載された発明の構成において、

a.「試料のピン位置に対応してX軸、Y軸、Z軸方向に機械的にプローブ部を移動する手段と、試料のピン位置に対してプローブ部を下げて試料のピンに直接接触させる手段と」を設けること。

b.「試料のピンと大地間に高電圧電源より電荷を帯電させる手段」を構成する「第1のスイッチ」が、「プローブ部内」に存在すること。

c.「該スイッチは、スイッチの開閉を制御する手段から離隔して位置していること」

の3点が、原出願の明細書の発明の詳細な説明の項における【課題を解決するための手段】の記載及びその他の記載から、発明の必須の構成要件であると認められるが、本件考案の請求項1~3に記載された考案は、これらの構成要件の全てあるいは一部を備えていないので、実質的に原出願の明細書及び図面に記載された発明の構成を拡張した技術的事項を含むことになり、原出願の明細書及び図面に記載されていない構成を包含することとなり、分割の要件を満たしていない』というものである。

そこで、本件出願は、そのもととなる分割出願を即出願変更したものであるので、本件考案の各請求項に記載された考案について、請求人が、前記点a.~c.の事項は原出願に係る発明の必須の構成要件であり、それら全てあるいは一部が欠如されたことにより、特有の作用効果を奏することがなくなったと主張する本件考案の請求項に記載された事項が、原出願の願書に添付した明細書または図面(以下、「原明細書」という。)に発明として記載されていたか否かを検討する。

本件出願が分割の要件を満たしているか否かを判断するに当たって、先ず請求人が前記点a.~c.の全ての事項を欠如していると主張している請求項3についてみてみると、点a.に関する事項は「試料のピン位置とプローブ部とを位置合わせして試料にピンに対してプローブ部を接触させる手段」なる記載となり点a.の構成より上位の概念となっており、点b.、点c.に対応する構成要件は請求項から削除されている。

先ず原明細書にどのような発明が記載されていたのかを、原明細書における発明の課題、効果及びそれに対応した構成に関する記載と前記点a.~c.に関連する記載を摘記して検討する。

【0011】~【0013】欄の従来のデバイス帯電法による放電破壊試験装置における問題点に関して「この装置では、充放電プローブ部は後述の本発明と同様に試料の半導体デバイスに対して移動し、位置を合わせた後接触する。接触と同時に高電圧電源81よりR182、R283を介して充電が始まる。充電が終了したと思われるまで待って後に充放電プローブを更に押し下げるとスイッチ89が接地側につながり放電が起こる。この放電は機械スイッチの構造上、大気中で起こるので、接点の酸化、汚染が発生し、定期的に接点部を洗浄しなければ、再現性のある測定が困難である。しかし、帯電容量の変化は少なく、放電経路のインピーダンスは極めて低いので、定期的な接点の洗浄を行えば信頼性の高い測定結果を得ることができる。放電波形の観測はできていない。又、この装置では、放電経路のワイヤとリレー、スイッチ等を使わないことが重要であるとされている。」と記載され、充電のための専用のスイッチ機構を有しないものが従来技術として紹介され、それによる帯電容量の変化が少ない旨の記載もあり、プローブ部内に充電のためのスイッチを備えない構造でもあまり問題が生じなかったことが示されている。そして、発明の課題として、【0014】欄には「本発明は、デバイス帯電法による実用的で再現性のよい、静電破壊試験装置を実現することを目的とする。このデバイス帯電法による静電破壊試験装置で最も重要なことは、試料デバイス自身の容量が小さいことから、試験装置側の浮遊容量をできる限り小さくし、試験デバイスの帯電量を実際の環境に近づけること、そして、試料端子から大地へ直接接地する場合を想定し、放電回路の浮遊インダクタンスを小さくすることである。このため試料の固定方法や充放電を行うプローブ部分の構造に新規な工夫が必要となる。」記載があり、課題を解決する手段、作用として【0015】および【0016】欄には「試料のピン位置に対応するプローブ部を設け、プローブ部内に充電、放電を切り換えるスイッチを設け、且つそのスイッチを駆動する手段をスイッチより離隔した位置に設けたことにより、試験装置側の浮遊容量、放電回路のインダクタンスを大幅に削減することができ、再現性のよい実用的なデバイス帯電法による静電破壊試験装置が実現された」なる記載があり、前記課題のプローブ部分の構造における新規な工夫として、充電と放電を切り換えるスイッチをプローブ部内に設け、そのスイッチの駆動手段から離隔することが示されている。そして、【0025】欄には発明の第1の実施例のプローブ部について、「高電圧は取入口55よりプローブ内部に入りスイッチS244が閉じられることによってプローブヘッド48を介して試料のピンに印加される。試料の半導体デバイスに帯電した電荷はスイッチS143が閉じられることによって疑似大地金属体49に対して急速に放電される。S2リレー・コイル46はスイッチS2を開閉するためのものであり、同様にS1リレー・コイル46はスイッチS1を開閉するためのものである。」なる記載があり、充電のためのスイッチと放電のためのスイッチの両方がプローブ部に設けられたものが示されている。そして、【0026】欄にはそのプローブ部の側面よりみた説明図に関して「スイッチS151の開閉制御コイル53はスイッチS151と離隔した位置に置かれている。スイッチS151は支持体57、58によって支えられており離隔した位置を保っており、又スイッチS151は擬似大地金属体49に最短距離で接続されている。」なる記載があり、その効果として【0027】欄には「スイッチ51がその制御手段であるリレーコィル53と離隔しているのは浮遊容量を減らすためである。疑似大地金属体49がスイッチS1の近傍に配置されているのは放電路のインダクタンスを減少させるためである。」なる記載があり放電のためのスイッチの駆動手段のみをスイッチから離隔すること、およびそれによる効果が示されている。さらに、前記第1の実施例における問題点、そしてそれを解決するものとして発明の第2の実施例の静電破壊試験装置のプローブ部の構成として【0030】~【0035】には「デバイス帯電モデルによる静電破壊試験装置は、マイクロ波領域のパルスの放電現象を扱うことから、試料のピンから電荷を放電する疑似大地金属体までの経路を短縮し、インダクタンス、キャパシタンスを出来る限り減らす必要がある。」「このコンタクトセンサは、試料のピンから疑似大地金属体までの放電経路を長くしてしまうという問題がある。また放電経路にスイッチを使用しており、このスイッチを駆動する手段としてコイルをスイッチと平行に配置し磁気回路を形成している。実際の放電現象では、帯電された試料ICが金属導体等に接触して放電するので、放電経路長およびその浮遊容量は、可能な限り小さくしなければならない。」「第1の実施例の課題を解決するために、本発明の第2実施例の半導体デバイスの静電破壊試験装置においては、疑似大地金属体と、スイッチと、試料に接触するコンタクトピンを収納するピンソケットとを搭載したプローブヘッドを装置アームに対して上下移動できるように装置アームに取り付け、該装置アームの上部にコンタクトセンサを取り付けた構成とした。また、スイッチを駆動するコイルは該スイッチに対して直交して配置されており、コイルに電流を供給する配線板は、前記スイッチが搭載された配線板と別個に構成されている。」「コンタクトセンサを装置アームの上部に設けているので、従来のコンタクトセンサをコンタクトピンから疑似大地金属体との間に設けていた構造と比較して、放電経路が短くなり、インダクタンスが減少する。また、スイッチを駆動するコイルは、従来スイッチと平行に配置されていたのに対して、これを直交する方向に配置したものであるので、スイッチ周辺の配線長が短くなりインダクタンスが減少するとともに、放電経路からコイルが離れることによってキャパシタンスが減少する。」なる記載があり、放電経路におけるプローブ部にスイッチを搭載すること及びそのスイッチを駆動するコイルの配置を工夫することが示されているが、充電経路については特に触れられていない。そして、プローブ部の駆動手段に関しては、「試料のピン位置に対応してX軸、Y軸、Z軸方向に機械的にプローブ部を移動する手段と、試料のピン位置に対してプローブ部を下げて試料のピンに直接接触させる手段とからなるもの」が記載されている。

これらの記載から、原明細書には、課題が「デバイス帯電法による実用的で再現性のよい、静電破壊試験装置を実現すること」であり、その解決手段としての「試料の固定方法」と「充放電を行うプローブ部分の構造における新規な工夫」に関する発明が記載されており、さらに、プローブ部分に係る発明としては、点a.に係る構成及び点b.に関する「第1のスイッチが、プローブ部内に存在すること」は必ずしも必要ではないが、「放電のためのスイッチはプローブ部内に設けること」及び点c.に関連する「放電のためのスイッチの駆動手段は該スイッチから離隔して位置すること」は、発明の特有な効果を奏するのに必須な構成要件であることが読み取れる。

本考案の請求項3に記載された考案は「プローブ部分の工夫」に関するものであるから、点a.、点b.の構成は考案として必須の構成要件ではなく、点a.の構成が上位概念である「試料のピン位置とプローブ部とを位置合わせして試料のピンに対してプローブ部を接触させる手段」となり、この点に対応する技術的事項が拡張されたとしても、当分野における技術常識からみて自明な程度のものと認められるし、点b.に関する構成が削除された「試料のピンに高電圧電源より試料を充電する手段」なる構成要件についても、原明細書に記載されていたということができる。 しかしながら、点c.に対応する構成要件が削除されたことにより、特に「該スイッチ」のうち少なくとも「放電のためのスイッチは駆動手段から離隔して位置すること」が欠如されたことにより考案としての所期の目的が達成できなくなることは明らかであり、該構成要件の削除により拡大された技術的事項に対応する目的、効果については原明細書には何ら記載されていない。

さらに以上述べた点以外に、本考案の請求項3における技術的事項に考案の存在を認識するに足る記載も原明細書には見当たらない。

してみると、この必須の構成要件である点c.の事項を欠如した請求項3に係る考案には、原明細書に記載されているか、又は原明細書の記載から読み取ることができる発明の目的及び作用効果に対応する構成以外の技術的事項が含まれることになり、それを請求項にもつ本件出願は、もとの特許出願に発明として包含されていないものを新たな特許出願として分割し、さらにそれを実用新案出願に変更したものであって、他の請求項について検討するまでもなく、分割の要件を満たしていたとは認められない。

なお、この点について被請求人は「原明細書の必須の構成要件の一つとして、構成要件cがあったからといって、そもそも出願分割は原明細書に2以上の考案が包含されている時に原明細書に記載された一方の考案でない他方の考案を新たに出願することが認められるのであるから、分割出願に係る本件実用新案の請求項に、もとの請求項の要件が入らないから、発明概念の拡張であるとの主張は理解できない。本件実用新案の請求項の各項は請求人がその審判請求書において原明細書と同一であると認めているように、原明細書の開示事項の範囲内のものであり、出願分割の要件を充足するものである。」と主張しているが、請求項に記載された構成要件を削除した場合、実質上もとの請求項の技術的範囲は拡大されるのは明らかであるし、請求項に記載された事項が原明細書の開示事項の範囲内であっても、その事項に発明があると記載されていない、あるいは示唆されていない場合、それを新たな出願として分割出願できないことは当然であり被請求人の主張は採用できない。

したがって、本件出願は分割の要件を満たしていない不適法な分割出願をもとにした変更出願であり、出願日の遡及は認められず、分割出願の日である平成6年1月11日が本件出願の出願日となる。

Ⅳ.次に、本件考案の各請求項に記載された考案について、請求人が提示した甲第2号証である「特開平5-180899号公報」に記載された考案と対比する。

甲第2号証は、本件出願の原出願について出願公開された公開公報であり、それには「試料のピンに接触するコンタクトピンと、コンタクトピンに接続されたスイッチと、該スイッチに接続され試料に充電された電荷を吸収する疑似大地金属体と、該スイッチの開閉を駆動する手段としてのコイルとをプローブ部内に備えたプローブ部と、試料のピン位置に対応してX軸、Y軸、Z軸方向に機械的にプローブ部を移動する手段と、試料のピンとプローブ部の接触を制御するためにプローブ部を上下運動させる手段、試料のピンに高電圧電源より試料を充電する手段と、試料のピンに充電した電荷をプローブ部内のスイッチを閉じることにより放電させる手段とを具備し、該プローブ部内のスイッチの開閉を駆動するコイルはスイッチから離隔して位置する半導体デバイスの静電破壊試験装置。」が記載され、さらに「該スイッチとして水銀スイッチが用いられること」、「該試料のピン位置に対応してX軸、Y軸、Z軸方向に機械的にプローブ部を移動する手段は、試験ボードに固定された試料のピン位置をコンピュータのプログラムによって駆動される。試料ICのピン位置の試験装置への設定が終了すると、試験装置のプローブ部は、指定された各ピンに移動して、プローブ部を下げて試料ICのピンにコンタクトプローブを直接接触させ、試料ICを充電、放電させるデバイス帯電モデル(CDM)に基づいた試験を行う。」なる記載もみられる。

してみると、本件考案の請求項1及び2に記載された構成要素は、すべて甲第2号証に記載されているし、請求項3に記載された考案も、前記本件出願の分割の適否の検討で述べたように構成要件の削除により拡張され、甲第2号証の特許請求の範囲の請求項に記載された事項と上位概念、下位概念の関係となっているだけであり、本件考案の各請求項に係る考案は、いずれも本件出願前に日本国内において頒布された甲第2号証である「特開平5-180899号公報」に記載された考案であると認められ、実用新案法第3条第1項第3号の規定に該当し実用新案登録を受けることができない。

Ⅴ.したがって、本件考案の請求項1~3に記載された考案についての登録は、実用新案法第3条の規定に違反してされたものであり、同法第37条第1項の規定により、これを無効にすべきものとする。

よって、結論のとおり審決する。

平成7年6月9日

審判長 特許庁審判官 (略)

特許庁審判官 (略)

特許庁審判官 (略)

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